2007年06月24日

著作権論議の方向修正を

番組無断ネット配信、規制交渉が決裂・WIPO採択は無期延期デジタル家電&エンタメ-最新ニュース:IT-PLUS

近頃,著作権というキーワードが記事にならない日は少ないぐらい話題のテーマだ。
YouTube,Winnyといった先駆的な仕組みが,これまでの規制の枠に収まらず,新たな枠組みを作ろうとしてなかなか前に進まない,ということが多い。
この記事では,先進国はいわゆる「海賊放送」に反対しているが,BRICsと呼ばれる新興国(すなわち発展途上にある国)に含まれるような国では,むしろそれが教育などに役立ち,良いと言うのだ。

しかし,反対している「先進国」って一体誰なんだろう?
先進国に含まれる日本国民だって,欧米諸国の国民だって,やっぱりインターネットで様々な動画情報を得られることは有益だ。それに反対なんてしていない。反対しているのは,利用する側ではなく,一人の人間でありながら莫大な力を持つ著作権者の一部の人たちに他ならない。

IT,ITと騒がれていた時期には,デジタルデバイド(情報格差)という問題も心配されたが,ブロードバンドインフラの普及は,そういった動画情報が得られなかった人々にも,簡単にそれらを得ることができるようになり,格差は逆に縮まったと言えるかもしれない。ただし,そういったインフラさえもない国にとっては格差は広がったにしても。インドやブラジルが,教育のためにそういった動画が役に立つ,というのは,情報財の再分配機能がインターネットによって働き,逆に喜ばしいことであるとさえ思える。

必要なものが,必要な人のもとに届き,余っているものがあればそれを持たない人の手に届くことが経済の本質だ。ある場所にモノやカネが集中し,ないところからさえも搾取されるようなことは本質ではない。しかし,実際に起こっていることは後者だ。なぜそうなるのだろうか。

著作権は大事だ。著作権は,著作者にとって著作するためのインセンティブとなる権利のことだ。だが,この一連の著作権論議では,欠けていることがある。それは,「著作権」に対する考え方やその概念について,もう一度立ち止まって議論することなく,既存の著作権者の権利を守ることに特化してしまっていることだ。だから,富や財の再分配が行われずに,既得権益者に富が集中する仕組みを作り続けるだけであり,消費者がそれに反発するのだ。

アメリカがディズニー作品の何作かの著作権期間を延長したことは有名な事実だが,これはコンテンツの保護貿易にあたるものだ。保護貿易策はその国家の弱体な産業に対して行われることが通例であるが,ハリウッドなどコンテンツを生み出す力はあるにも関わらず,これはディズニー一企業を守っているに過ぎない。そのことは,アメリカの消費者のみならず世界の消費者にとって機会費用を生み出していると言える。
こういったように,ある企業やある著作権者を守るためだけに法律が改正されたり,著作権論議が展開されることはフェアではないし,我々にとって逆に損失なのである。

ではなぜ「著作権」の概念について考える必要があるのか?
それは我々は再び情報を共有する時代を迎えたからである。もともと音楽にしろ絵にしろ,表現者にとって表現したいことを具現化したものであったが,それは複製不可能であったためにこれまでそれを演奏したり絵を売ることで対価を得ることができていた。複製が可能になり,著作者本人でなくても同じようなことを表現することが可能になったが,「著作権」という権利を定めることで,著作することのインセンティブを守ってきた。
今,我々は,全く同じ物を複製で表現することが可能になり,簡単に複製を手に入れることが可能になった。我々にとって,コンテンツなどの情報財は,購入したり譲渡されたりするものではない。それは「我々のすぐそばにあるもの」なのである。

私はコンテンツを軽視しているのではない。しかし物理的には,確かにそういう時代に入ってきた。クリエイティブコモンズという取り組みがあるが,情報とはそもそも実体のあるモノと違って,流通は一瞬なのであり,だからそれらは一瞬にして共有されるべきものだ。だが,それに対価を求めるかどうかは著作権者本人が決めれば良い。しかし共有はするべきだ。本当に良いと感じたものには対価を支払い,そうでないものには支払わない,という枠組みがいずれはできるように思う。路上パフォーマンスや駅でギターを弾いて歌っているコたちにも,何か感動を得られたらみんな対価を払っている。払わない人もいる。それはそれで良いのだ。情報を共有し,対価を払いたいかどうか,その基準を消費者が決めればいいのだ。

そんなことがうまくいくのか?と思うかもしれない。だが,スタートして結構経った音楽配信コンテンツ(iTMSなどのこと)は,1曲150円といった価格で販売し,実際購入する人も増えている。CDが売れないのになぜダウンロード配信は売れるのか。それは適正な価格だと消費者が判断すれば,消費者は対価を支払うのだ。要するにCDが高すぎる(値段がいつまでも下がらないのも一因かもしれない)ということである。

つまりこういったコンテンツの流通に関して,当局は,著作権を守る議論ばかりをするのではなく,消費者と著作者とを市場を通じてコネクトし,妥当に対価や報酬を簡単に支払えるような枠組みやシステムを構築すれば良いのであって,いつまでも既存の権利者の良いようにだけ動いているのであれば,消費者にとってだけでなく,コンテンツ産業全体,すなわち既得権益者にも不利益を被ることになるだろう。
posted by Madick at 20:21| Comment(0) | TrackBack(0) | 経済・産業論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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