2005年10月08日

『だれでもアソビ大全』

いわゆる"Touch! Generations"のシリーズである
「脳トレ」とか「やわらかあたま塾」とか「えいご漬け」とか
ゲームに触れなかった層にアピールする系のソフトは,アイディアはいいと思ったんですが,
購入に踏み切る魅力を有してなかったのです。もちろん私個人にとっての話です。

『だれでもアソビ大全』もまたそれ系か,となめてかかっていましたが
ペン1本で盤ゲームやボードゲームなんかが遊べるのはDSに最適だな,と思いました。
DSは古典的な遊びに向いているのですね。

その中でも,トランプの中の「スピード」 は,
これほどこのゲームをバーチャルに表現したハードやソフトや機器があっただろうか
と思うぐらい,DSでやりたいなぁ,と思うゲームです。
皆さんは,「スピード」というトランプゲームをご存知でしょうか。
このゲームは相手よりカードを法則に従って速くとっていくスピード感のあるゲームで,
なかなかTVゲームやPCでは表現しにくかったゲームの一つだと思います。

そういうわけで,ちょっとこのソフト,欲しいな,と思ったわけです。
あ,でも定価3,800円はどうだろう…。
やっぱ数百円でトランプ買うかな

#だれでもアソビ大全 (任天堂ホームページ)
posted by Madick at 00:43| Comment(0) | TrackBack(2) | コンテンツ論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年10月01日

ゲームってなんだろう ―『かまいたちの夜』に学ぶ

『かまいたちの夜』(SFC)を久しぶりにやった。
いや,正確にはほとんど初めてやったのだ。

発売当時に少しだけやったが,ミステリーや推理に興味がなく
いまいちのめり込めずに,「大阪で就職」して終わった。
今改めてやってみると,こんなに面白いゲームだったのか,と気づいた。

なぜ面白いのかを考えた。
既に語り尽くされたことかもしれないが,あえて自分の言葉で語りたい。
それは,実際に自分が殺されるかもしれない,という恐怖感だ。
この恐怖感は,本当の小説では表現できない。
なぜなら小説の主人公が死ぬなんてことは到底ありえないし
ページ数で,あとどのくらい話があるのか分かる。
何よりも,バッドエンディングとグッドエンディングと複数の終わり方があって
終わり方は,自分の選択しだいだ,ということだ。

これは当たり前のことなのだが,よく考えてみれば
やっぱり本当の小説では,筋書きをなぞっていくだけだが
このサウンドノベルというやつは,本当の結末はグッドエンディングということが分かっている
にもかかわらず,それでも自分が死ぬ可能性をも提供してくれるのだ。
そして,それは自分の行動しだいなのだから,小説の主人公は自分だ。
だからこそ,本当に自分が閉じ込められたペンションで殺人事件に巻き込まれる恐さを
”体験”することができるのだ。
そこにあるのが”文字”と想像を助ける簡単な背景画であるにもかかわらず。

文字だけなのに,小説と同じ文字だけなのに
選択の自由を与えるというこの「主人公=自分」化こそがゲームの基本であって
だからこそ,ゲームは面白いのだといえる。
そこにあるものが,壮大で美麗なグラフィックであっても,映画なら所詮他人事は他人事だ。
だから,映画は,主人公に観客が同化できるように
よくあるシチュエーションを用いたり,感情移入しやすい設定やシーンを作るのだろう。
例えば,恋愛や離別なんかは誰にも想定しうる状況だし
宇宙を舞台にした戦争でも,組織対組織の争いで活躍したいと思うことは誰しもある。
なんらかの状況がわれわれを主人公にさせるのだ。
ゲームは,それを「選択肢を与える」というシステムだけで主人公にならせる。
それはすごいテクニックだ。

だから,時に,壮大で美麗なグラフィックでも,ストーリーは完全に異世界というゲームもある。
異世界で,勧善懲悪で,ただ目的のものをひたすらに集めて,悪の根源を討伐する。
こんなストーリーは,本当は感情移入できない。
(映画でも時々あるが,それはその過程にドラマを織り込むからだ)
このようなストーリーがワクワクを我々に与えてくれるのは,行動の選択肢があるからだ。

選択肢のないつまらないストーリーなら
壮大で美麗なグラフィックであってもいらない。
ゲームをもとにした映画がなかなかうまく行かない原因のひとつだろう。
つまらないストーリーのゲームのストーリーをなぞった映画は
あまりにもつまらない子供だましだ。
そういう映画は,そのゲームのファンしか見ない。
(もちろん,ストーリーが練りこまれたゲームの映画化を否定はしない)

我々がゲームに求めているもの,
それは美麗なグラフィックのムービーを見ることじゃなくて
主人公=自分であるゲームの中でわくわくすること,そういうことだと,本気で思う。
posted by Madick at 05:21| Comment(0) | TrackBack(0) | コンテンツ論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年07月21日

未発売ソフトの思い出にふける

こんなページを見つけた

ゲーム雑誌を買って、発売カレンダーに
毎週新着のゲームに印をつけていた身としては、
こういうのはなかなか感慨深いというか。である。

期待していた中でも『サウンドファンタジー』 なんかは、このサイトにもあるように
『シムチューン』やら『エレクトロプランクトン』でほぼ復活しているので
良いとして

『ああっ女神さま』なんかは、ファミマガの休刊した
最後の最後まで残っていた気がする。

これの発売中止の理由って結局なんだったんでしょうか。
作者と折り合いをつけるのが難しいとかですか?
知ってる人教えてください。


このリストの中で、声を大にして言いたいのが、
スリッ駆 ラジッ駆 』です!

なんでそんな任天堂ファンでもあまり知らないマイナーなゲームやねん。

と言われるかもしれませんが、
私はNSWでこれを見たとき、まさにビビビッと来たものです。

というのも、誰かに話した覚えがあるのですが
ワイルドトラックス 』の隠しモード、「ラジコンモード」に
ハマった思い出があったからなのです。

これを3Dスティックで操れるなど、もうラジコン以外のナニモノでもない
リアリティではなかろうか、と思ったものです。


まあ、そんなわけで
GCでリメイク希望なんですが、この話は立ち消え?というか
もはや存在さえ消し去られてるような感は否めないのですが・・・。


全体を見ても64の任天堂ソフトで中止が目立つのは、
DDが会員制になったこととか大きいですよね。

あれって、ほとんどランドネット社に丸投げという感じでしたし。
デザエモンDDとか、ベースソフトの方で、DD版の発売を示唆していたし
やはり任天堂の罪は重いですよ。

DTとかも惜しかったなぁ。
あ、でもGB版もやってないや。
posted by Madick at 09:33| Comment(0) | TrackBack(0) | コンテンツ論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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